ラーニングスタッフ修了にあたっての所感、そしてこれから

                                               永野 由佳

 在宅看護研究センターの門を叩いて早1年が経ちました。改めて「人生のうちで忘れがたい一年」だったと思います。

 昨年1月20日、ラーニングに入る前に出した提出レポートの目標に「真に看護の専門家としての看護師になるために、看護に不可欠な『技と心』をその両輪のバランスを取りながら鍛えていく。そのために必要な知識・技術・判断力をつける。同時に職業人として、専門家として、人間としての『こころの強さと温かさ』を備えられる」とかかれていました。
ラーニングスタッフ制は、独立自尊の個別のプログラム・・・とかかれていて、どんなプログラムなのだろう。この目標を達成するためにどんなプログラムになるのかな・・・と思っていました。今まで学校や講習会・勉強会の講義スタイルになれていた自分は、「私の看護論」を読んでいたので、研修プログラムもそのように一つ一つ時間にのっとって行われるようなものをぼんやりと想像していました。

 ところがラーニングになって、何時までたっても、基礎基本の確認・・・体のふき方を確認する、ボディーメカニズムを一緒に確認する、排泄介助の技術について一個一個取り上げることはなかったのです。

 独立自尊の個別プログラム・・・それは『自分自身が必要と感じ、自分がこれを身に付けたいと自らが発しないと、何も生まれない』というものだったのです。そのようなプログラムに気づいたときに、自分は今まで主体的に選択して勉強会や講義に参加していたのですが、本当に自分がどこまで何を知っていて何ができていて、何ができないのか、身についていないのかを漠然としか分かっていなかったことに気づきました。主体的・積極的に行動はするけれど、実際には本当の主体的な学習ではなかった自分にやっと気づきました。

 主体的に学習するには自分を知らなくてはいけない。自分が本当に欲しているもの・自分が何ができるのか・できないのかを知らなくてはいけない。自分を理解するということの大切さと難しさを学びました。自分を理解する・自分の足りなさに気づく・自分の持っているもの・良さをしっかり理解するということは、自分と向き合わなくてはなりません。この自分と向き合う作業、自分のよさ・悪さの両面を見る機会を与えられたというのは大きかったです。今まで本当に自分と向き合う時間を持てていたかといったら、持てていなかったと思います。

 特に10月以降からが本当に苦しくなっていきました。自分の足りなさに向き合い、けれどその克服の仕方が分からずに焦ったり不安になったり自己嫌悪になったりしました。その苦しさや焦り不安・迷いを解決する自分の方法が見え始めたのはラーニングももう残り2ヶ月となったころからでした。私は、問題が起こると離れてみられなくなる傾向があり、その問題の本当の大きさであったり本当の問題点であったり、全体からみてのその問題がどの位置にあるかを把握できなくなる傾向にありました。そんな自分の傾向を意識しながら、自分自身に問い掛けることによって、自分の本当の気持ち・その中にある問題をしる手がかりになりました。自分自身に問い掛ける、自問自答するとは、例えば「私は今何が苦しいの?どうして苦しいの?なぜ焦ってるの?それが必要なのはなぜ?」などと自分に聴いていくことです。問題のこたえが自分の中にあるということを、本当の意味で実感を伴って知りました。心のクセを離れてみる習慣が少しずつですがついてきている最近です。

 そういう自問自答をしているうちに、自分自身の甘えや依存にも気づいてきました。自分の責任と相手の責任の線を明らかにできず、求められていることにはこたえなてはと思い、こたえきれないと葛藤を起こす。自分の責任と相手の責任を明確に知っていることでよいものにYESをいい、悪いものにNOを言える。そういう人間になれると思います。失敗を恐れる心があって葛藤したり迷ったりする自分です。でも自分で言ったこと・やったことに対しての責任を自分で取ればよいのだから恐れる必要はないのだ、自分を護ろうとするのではなく、自分の心に向き合いながら失敗しても自分で責任を取ればいいのだということに気づいて、心が軽くなりました。看護場面でというだけでなく、あらゆる場面でそのあたりまえのことを習慣化していくことが、私にできる問題解決への行動化の一歩であり、自立のための実践行動なのだと思います。そのことを積み重ねていくことで、責任が持てる職業人であり、人間に成長していきたいと思うようになりました。

 こう考えると、在宅看護研究センターに来て、人間の基本的な姿勢からできていない自分、それを積み重ねながら看護にも結びついているということを改めて実感した一年でした。こうやって自分に向き合う勇気をもてたのは、やはり温かく忍耐強く見守ってくれている教授陣・スタッフ・そして仲間がいたからでした。書物だけではなく、実践を見て後姿や姿勢を見て、そして真に向き合ってくれる人たちがいるからこそだと思い、大変感謝しています。この1年では自分との向き合い方を学んだような感じでした。自分と向き合うことをしながら、今後はその課題をどう克服していくか、日々の中で実践していくか行動化していくかが大きな課題となっています。

 また看護の面でいうと、私はここに来る前に「感じ取り応答する能力が看護として具現化されたとき、どのように現れるのか」を知りたい、そして実践したいと思ってきました。それを実感する機会が、この1年でたくさんもてました。看護は言っているだけではだめで具現化し実践の中で現れてこなくてはなりません。相手の今に関心を向けて、それを感じ取って、それに応答していくプロセスを実体験することができたのは大きな収穫です。相手の今に関心を向け、それを感じ取り、応答していくには、その人と本当に向き合う必要があります。
先ほどは自分と向き合うことについてお話しましたが、ここでは相手と向き合うということも出てきます。相手と向き合うには、まず自分の心と向き合う必要があることも学びました。人間関係がうまくいかないとき、それは疑う心・近づけない心、素直に自分を開いていけない心があります。そのような心がどこからきているのかをまず自分に聴いてみると、自分の中にこたえがあることに気づけました。
自分に向きあって、相手に向き合う。そのときに初めて感じる心が豊かになる。相手の今を感じ取って応答していくことができると思います。感じ取って初めて応答できるのだということをしりました。思いやりとはそのようなものが含まれているのではないかと思います。また応答できるためには、知識・技術・判断力といった能力、真の人間関係を気づける信頼、良心から生まれる人間として・職業人として・看護師としての自覚と責任、そして義務感ややらされ感ではなく積極的にその行為へ向かわせる力である専心が必要になってくるということを学びました。
今後それを具現化していくために、相手と・自分と向き合いながら、人として・職業人として・看護師として大きくなって行くための研鑚を積んでいきたいと思います。

この一年、本当にありがとうございました。