市民の眼        尾崎 雄 Ozaki Takeshi
         


  vol.26   スウェーデンでも遅れている? 医師たちの痴呆観    2004-10-14

国際アルツハイマー病協会第20回国際会議のためスウェーデンから来日した痴呆ケアの先達、バルブロ・ベック=フリス博士の講演「痴呆性高齢者の緩和ケア」を聞いた。話の大半は痴呆ケア入門編だったが興味深い発見があった。日本の福祉関係者が尊崇するスウェーデンでさえ医師の多くは痴呆に対して無関心で痴呆ケアのチームワークを乱していたという実態が分かったからである。

スウェーデン政府は2003年、痴呆性老人のケアを含む「すべてのタイプの医療」に緩和ケアを行うように決定した。患者が最期までQOLを享受できるようにするためである。当然のことながら痴呆性高齢者のケアもそのようになった。具体的には、スウェーデンで以前から行われてきた在宅癌患者への訪問医療を痴呆性高齢者の緩和ケアに適用するということ。ところが、それを妨げたのが医師の存在だった。緩和ケアの基本はチームケアなのだが、スウェーデンの医師の多くはこのことに無関心だった。むしろ「医師がチームケアを邪魔するケースが多かった」(フリス博士)という。

そこで政府は医師の団体と地方自治体に、医師を再教育する共同プロジェクトを実施させた。その結果、主として若い医師の意識改革が進んだ結果、事態は好転した。たとえば痴呆性老人の緊急入院がなくなった。医師が緩和ケアチームに参加・協力するようになったお陰でグループホームやナーシングホームの中で容態急変を適切に処理できるようになったからである。日本もこうした意識改革プロジェクトを実施すれば患者本位の医療が進むだろう。

「一般に痴呆性高齢者の緩和ケアにおいては経管栄養は実施しない」。末期患者への経管栄養の実施に対するフリス博士の意見は明確だ。「枯れた花に水や肥料を施すだろうか」。それが理由である。当然のことながら患者のQOLをどう評価するかがかかっているだけに経管栄養の是非は軽々には判断できない。そこに至るまでのケアの過程で、その患者の本当の気持ちをチームとしてどれだけ汲み取ってきたか? だからこそ「普段のチームケアが大切」なのである。

「決定」を下すために行うチームの議論のあり方は「チームの誰かがリーダーシップを取ってはいけません」と、フリス博士は語った。筆者は我が国のホスピスや特養などでケアカンファレンスを何度か傍聴したことがある。そこでは個々のケースについて、医師やリーダー格のスタッフが最終的な結論を出し、それに参加者全員が当然のように従っていた。だが、スウェーデンでは「誰かがリーダーシップを取るべきでない」。この言葉は、緩和ケアにおけるカンファレンスやチームケアの本質に触れている。QOLを目的とする医療・福祉のチームケアに携わる人間は、その真意を噛み締めるべきだろう。むろん医師も含めて。   

                           老・病・死を考える会世話人:尾崎 雄

  vol.25   医療政策を官僚から市民の手に――国の補助金で人材養成    2004-8-31

市民による市民のための医療政策をつくる人材養成講座が10月、東京で開講する。文部科学省科学技術振興調整費をもとに東京大学の医学部と先端科学技術研究センターなどが運営する「東京大学医療政策人材養成講座」(プログラムディレクター高本眞一東大医学部教授)だ。このほど開かれた第一期生募集の説明会には募集定員45人に対し120人もの希望者が詰めかけた。

国の世論調査によると、国民が重視する政策として「医療」は「収入・消費」や「雇用」を抜いてトップ。また国民の9割以上が今の医療制度に不安を持つ。団塊世代の膨大な人口が要求する医療・介護ニーズを賄う「2015年問題」は手付かずのまま。医療財政の破綻、医療事故の頻発など問題は山積しているにもかかわらず「改革の道筋」が見えない。それは、国民が医療政策を官僚に丸投げしてきたからではないか! 同講座講師になる黒川清日本学術会議会長は説明会の参加者に奮起を促した。「(納税者の中から)政策を立案し、改革を推進できる『次世代リーダー』を育成する」こと。それが講座の目的である。

受講生は医師、コメディカル、医療機関経営者、患者支援団体・NPO関係者、学生、ジャーナリストら様々な政策形成プレイヤーを迎え、医学・財政学だけでなく経済学、経営学、工学、法学、哲学など多角的な視点で医療政策の改革に取り組む。開講は社会人の参加を配慮して夜6時半から。45人が@医療実務者・政策立案者A患者支援者B医療ジャーナリストの3コースに分かれ、講義、演習、実地研修および共同研究を経て医療改革の政策提言を行う。質的には大学院・修士課程の上を狙う中身の濃いプログラムだ。

受講希望者の一人で酸素吸入をしながら大学を卒業して働いている若い女性は「インターネットによる情報アクセスによって患者のための医療を実現できる。自分もそうしてきた」と情報公開による改革を主張。また「日本の医療政策は有識者の利益に左右されてきた」との発言に対し、居合わせた広井良典千葉大教授は、問題の根は我が国の政治構造にあると答えた。政策形成の政治プロセス解明の必要性を示唆する指摘である。

虎ノ門病院の医師と名乗る中年男性が「東京大学医学部と付属病院が変わらなければ、日本の医療は変わらない」と悲観的な意見を漏らしたが、その東大が国費で「患者中心の医療」を目指す政策講座を持つことは画期的。これが「医療改革のための小さな一歩」(黒川氏)になることを期待したい。「独立行政法人になったからこそ東大がこういうプロジェクトができるようになった」という別の講師の発言が印象的だった。 

公開講座問合せ先 http://www.hsp.u.-tokyo.ac.jp

                             尾崎 雄(老・病・死を考える会世話人)



vol. 1 草の根福祉の担い手  マドンナたちの後継者は?  
vol. 2 在宅ホスピス普及の鍵を握る専門看護婦に資格と社会的地位を
  
vol. 3 <NY“脱出”速報>


vol. 4 ホスピス・ケアはアジアでも「在宅」の波?  
vol. 5 青年医師の決断  −ニューヨークのテロから学んだこと−
vol. 6 「恐い先生」と「やさしい先生」 −東京女子医大の医療事故隠蔽事件のニュースから−


vol. 7 「9.11」のニューヨークから4ヶ月−生還者たちの様々な思い−
vol. 8 介護保険で介護負担感は軽くなったか?−サービス利用料が増えれば実感がわく?−
vol. 9 在宅ターミナル・ケア25年。先駆者、鈴木荘一医師の軌跡


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vol.12 東北大学が生んだもう一人の先駆者、外山義氏の急逝を惜しむ
     日本の高齢者介護の改革を促した人間建築デザイナー

● vol.13  旅だち―ある女子大の卒業式にて 
● vol.14  大学教授になって11ヶ月目。急逝したAさんを悼む
● vol.15 「旬なスポット、六本木ヒルズ」は“バブル”の丘?


● vol.16 地域にホスピスの新しい風が吹く
● vol.17 
住民の健康を護る温泉町の保健師―水中運動ネットワーカーとして
● vol.18 「死の臨床の魅力」とは?

● vol.19 「東京物語」が予言した“未来社会” の介護問題
vol.20 在宅医療から市民自身による「マイメディスン」へ
vol.21 人間の誕生から看取りまでするコミュニティケア

vol.22 介護予防に役立つ「非マシン筋トレ」。熊本県と北海道の実践から
vol.23 看護師が仙台でデイホスピス(在宅緩和ケアセンター)を開始
      一般住宅を借りて在宅ホスピスケアの拠点をつくる

vol.24 介護ロボットの開発に関心が薄い福祉業界

   



                
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