市民の眼 尾崎 雄 Ozaki Takeshi |
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vol.24
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介護ロボットの開発に関心が薄い福祉業界 |
2004-7-02
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世界遺産の景観都市、プラハに行ってきた。この5月、EUに加盟したチェコの首都である。チェコが生んだもうひとつの“世界遺産”は「ロボット」。同国の作家、カレル・チャペックが1920年に発表した戯曲「R・U・R――ロッスムのユニバーサル・ロボット」がその出典である。人間が“やりたくない仕事”から自らを解放するため機械にやらせようと、人造人間(ロボット)を開発した。ところが、ロボットたちが叛乱を起こし地球上から人類を抹殺してしまうというホラーSFだ。
こうした「ロボット」の由来を知ってか知らずか、ここ数年、ロボット開発の話題がマスコミを賑わしている。2足歩行したり、ダンスをしたり、転んでも自力で起き上がったり――と人間そっくりのタイプも現れた。そんな愛嬌者も結構だが、1.29ショックで高齢化が加速する我が国が欲しいのは介護ロボットのはずと思い、その開発現場を訪ねてみた。神奈川工科大学福祉システム工学科の山本圭治郎教授の研究室である。ここで取り組んでいるのは「介護者用パワーアシストスーツ」。洋服タイプの介護ロボットである。
基本理念は、生身の人間が生身の人間をケアするためのテクノロジーを開発すること。機械(人造人間)に介護をやらせるのではなく、介護をする人間の力をパワーアップさせるためのシステムづくり。人間がやりたくない仕事から逃げて機械に任せるという産業ロボットの発想を捨てた。そこが画期的で、福祉工学を名乗るゆえんである。
したがって、介護ロボット開発の課題は@介護を受ける人が違和感を持たない形態・デザインにするA人間のように柔らかい動作B介護者の動作と同時反応してパワーを出す仕組みづくり。人間工学とメカトロニクスを融合させて人間・機械・コンピューターが一体となったマン・マシン・システムを開発し、介護の質を上げるための基礎研究である。
最新の試作品は総重量30キロ。メカの重量は床に支えられるのでそれほど重く感じることはない。空気ポンプで腕、腰、脚の筋力を強化。これを身につけると女性でも60キロの人間を30キロの力で持ち上げ、ラクラクとベッドから車椅子に移すことができる。後ろから見ると配線や空気チューブなどがむき出しで、メカゴジラのようにゴツイ格好だが、介護される人からはメカ部分はあまり見えない。建設現場やごみ焼却プラントなど荒っぽい作業をする現場で実験的に使用しながら改良を加え「3年後には介護現場でも使えるようにしたい」(山本教授)。
開発のネックは、技術的要因よりも社会的要因だ。「TIME」「BUSINESS WEEK」など欧米の雑誌やインターネットで紹介され、海外の看護大学や団体、企業、一般市民などから問い合わせのメールが舞い込むが、国内の反応は今ひとつ。筋ジストロフィー患者・家族の団体を除き、肝腎の介護・福祉関係の団体、法人・企業などからは何の音沙汰もないという。
高齢化の加速度は増すばかり。施設内と家庭内を合わせた地域介護力は下がる一方だ。縦割り意識を排除し、介護ロボットの研究・開発に産業界と福祉現場が有機的に連携して、開発のバックアップ体制を整えることが必要である。アメリカから共同開発の話も持ち込まれているのだが、山本教授は「この仕事は日本で仕上げたい」と語っていた。同感である。
介護ロボット開発は福祉に携わる人々とって福音になるはずだが、なぜ反応が鈍いのだろう。実用化されたらロボットヘルパーが大量に出回り自分たちの職場を奪われると心配しているのだろうか? 先端技術に貪欲な医療界に比べると福祉界はテクノロジー導入に消極的である。医療者に比べて福祉に携わる人々は功名心が薄いからという見方もあるが、いまひとつわからない。 「介護者用パワーアシストスーツ」は、7月1日から3日までパシフィコ横浜で展示と実演が行われる。
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vol.23
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看護師が仙台でデイホスピス(在宅緩和ケアセンター)を開始 一般住宅を借りて在宅ホスピスケアの拠点をつくる |
2004-6-04
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癌や難病のため通院する患者が家に閉じこもって精神的に落ち込んだりしないよう看護師のできるケアや趣味活動などの場を提供するほか@在宅ケアの相談やコーディネートA医師を囲む車座の懇談会B情報誌の発行C緩和ケアの場で働く看護師の支援ネットワーキングや研修会の開催など在宅ホスピスを支える多彩な草の根活動に取り組む。 スタッフは中山さんのほか看護師3人(うち1人はパート)と市民ボランティア7人。ボランティアのうち1人は70歳代の弁護士で、遺言やリビングウィルの作成など患者の法律相談を受ける。デイサービスは7月から、1回10人の定員で週3回開く予定。65歳以上は介護保険のデイサービスの自己負担分だが、64歳以下の患者は1日3,500円の利用料を予定している。 中山さんは昨年から仙台の泉区でやはり住宅を借りて相談を中心とした在宅ホスピス支援活動である「ケアサロン」を実施してきた。その間、宮城県外からも相談電話を受けるなど在宅ホスピスケアに対するニーズを痛感していた。ホスピスケアも在宅ケアが今後の主流となるといわれる。大病院から院内でやってみたらと誘いも受けていたが固辞し、あくまで地域に根ざした「町の中のホスピス」にこだわっていた。さいわい共感した市民が住宅を提供してくれて開設にこぎつけることができたのである。来年から施設ホスピスを出て地域に根ざしたコミュニティケアとしてのホスピス活動をめざす山崎章郎医師(聖ヨハネ会桜町病院ホスピス科部長)も、中山さんの挑戦にエールを送る。 イギリスやアメリカのホスピスは在宅ケアが基本。そして運営は事実上ナースに任されている。施設ホスピスはそのサポートセンターとして位置付けられている。日本では施設ホスピスである緩和ケア病棟の数が130に達し、施設ホスピスのケアの内容と質が問題になりつつある。それに呼応する形で最近は在宅ホスピスの拠点づくりが各地で活発になってきた。 6月1日にオープンした新医療介護施設「希望の家」はその先駆例のひとつ。19ベッドのホスピス病室を備えた立派な「ホスピス」だが緩和ケア病棟の承認を受けず、在宅ホスピスのサポートセンターとして活動する。開設者の梁勝則医師の狙いは「ホスピスケアのグローバルスタンダードを日本で実践する」こと。そのなかには看護師への権限委譲が含まれている。「希望の家」の、その理念に惹かれたように九州から転職してきた看護師もいる。こういうホスピス医が増え、中山さんのような在宅にこだわる看護師と全国各地で手を結ぶ時代になって欲しいものである。 (6月3日、尾崎 雄:老・病・死を考える会世話人) |
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vol.22 | 介護予防に役立つ「非マシン筋トレ」。熊本県と北海道の実践から |
2004-4-10
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福岡県大牟田市からクルマで30分。菊水町は阿蘇の外輪山に源を発する菊池川が貫く農村地帯。その、とある公民館には昼過ぎから三々五々と近所のお年よりたちがやってくる。その数、ざっと10数人。今日は「お茶筋」の日である。まずは保健師が血圧を測定するなど運動の適不適をチェック。十畳間を三つぶち抜いた畳敷きの“ジム”が「お茶筋」の会場だ。 まずは呼吸法から。次いで@足の手入れ(下肢の血行促進)A肩甲骨と脊椎の調整B骨折しない転び方C骨盤捻転・膝倒しD2人でする筋肉強化体操E数人でするスクワットF下肢の強化G2人でするペア・ストレッチ――といった一連の体操。続いてボール、ゴムひも、脚に巻きつける錘(500g)の「3点セット」を駆使した体力づくり。仕上げはお互いに体をほぐしあうマッサージ。こうしてざっと1時間。気持ちよく体を動かしたあとは持ち寄ったお菓子や自宅でつくった漬物をつまみながら茶のみ話に花が咲く。最年長は87歳の女性。元気な様子は杖をついて公民館に通ってくるというのが不思議なくらい。お年寄りたちは「おかげさまで体が軽くなった」「転んでも骨折しなかった」「地域の皆さんと交流できて楽しい」と口々に「お茶筋」の“功徳”を語りあう。 板張りの体育館やデイサービスセンターなどと異なって、畳敷きの座敷や広間は「立ってよし、座ってよし、寝てよし」。お年寄りにやさしい適度のクッションがある。菊水町の介護予防事業を指導しているパルフィットシステム(大牟田市)の古賀眞澄さんによると、大掛かりなトレーニングマシンを使うパワー・リハリビテーションに比べると、「お茶筋」の利点は、@体に無理な力がかからず危険が少ないA公民館や温泉旅館の広間などどこでもできるB自宅のお茶の間で家族と一緒にできるCお年よりの引きこもり防止効果もある――など。自治体にとっては1セット数百万円もするトレーニングマシンを必要とするパワーリハに比べ財政負担が軽くてすむ。市町村財政にやさしい介護予防システムだ。 菊水町の介護保険料は4900円と熊本県内で最高。このままでは介護保険財政はもたない。そこで町は平成15年度から介護予防のために「茶筋」を取り入れた。老人クラブに呼びかけて「お茶筋」のリーダーを養成。リーダー養成終了後はリーダーのお年より自身が地域のお年寄りに呼びかけて自主活動として地域で実践する。実施する公民館には町が雇った保健師を派遣する。平成16年度からはリーダー養成の実施地域をふやすなど「お茶筋」の網を全町に広げていく方針である。 問題は介護予防効果の検証だ。北海道は平成15年度、高齢者体力向上トレーニング普及事業を実施した。昨年、名寄市、奈井江町など道内4つの自治体で、60歳以上の高齢者を対象にマシンを使ったパワーリハとマシンは使わず自分自身の体だけで行う筋力トレーニングを実施。どちらが介護予防の効果があるかについて比較研究した。その結果、「非マシン筋トレ」の体力向上効果は「マシン筋トレ」と遜色ないことが分かり、むしろ「非マシン筋トレ」の方が統計学的に有意な項目が多く認められた。 また、心の健康など「健康関連のQOL」についても改善効果が証明され、「非マシン筋トレが虚弱高齢者を含めた多くの高齢者に受け入れやすい」ことが明らかになった。こうした研究を踏まえて北海道は今年3月、立派な『高齢者体力向上トレーニングマニュアル』(編集・道保健福祉部高齢者保健福祉課を制作・発行。全道の市町村に「非マシン筋トレ」を普及させる方針である。 1月にまとまった高齢者リハビリテーション研究会の報告書は、これまで行われてきた介護予防は「効果があがっていない」と鋭く指摘した。このため高齢者リハビリテーション再建策の筆頭に「介護予防の強化」を挙げている。ただ、それは高価なトレーングマシンを購入することではない。無駄に税金を使わず、その地域に合ったやり方で、誰もが危険なくできるやり方を市町村自身が考えて実施することが大切である。 老・病・死を考える会世話人 尾崎 雄
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