市民の眼 尾崎 雄 Ozaki Takeshi |
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vol.44 | 「10対100」体制が生き残りの条件? 訪問看護ステーションの行方 |
2007-10-16 | |
地方の社会福祉法人が首都圏に進出している。地方は高齢化率のピークを超え、老人人口は先細りになった。今後、高齢化率が上昇し、老人人口が膨れ上がる首都圏に仕事を見つけて生き残るためのサバイバル戦略である。九州から神奈川県に進出した社会福祉法人の理事長に会った。彼は昨年、川崎市にケアハウスと小規模多機能特別養護老人ホームを組み合わせた総合高齢者施設を開設したのだが、地元の訪問看護ステーションに頼まれ、そのステーションを総合施設の中に置くことにした。赤字の訪問看護ステーションは経営のお荷物だが、地域ケア機能の充実に備えるための先行投資として引き取ったという。 訪問看護の社会的役割は今後ますます重要になり、その必要性が増す。「療養病床の廃止、在院日数の短縮化、在宅移行の推進等国の施策により、予防から医療依存度の高い者、こどもから高齢者まであらゆる健康問題に対応できる在宅医療における担い手として訪問看護ステーションの活動は大いに期待されている」と全国訪問看事業協会が報告書「新たな訪問看護ステーションの事業展開の検討」(平成19年3月)で指摘した通りである。 にもかかわらず、訪問看護ステーションの数は増えず、経営の内実は厳しい。その数は約5700と国が期待していた数の6割程度に留まったまま。そのうえ約1割は休眠状態という現状だ。平成18年の診療報酬改定によって「7対1」という医療機関の看護師配置基準の強化などで看護師不足はステーションの経営圧迫に拍車をかけた。人材不足は経営規模を縮小させ、それが顧客獲得を困難にするという悪循環に陥っている。 しかし、社会・経済情勢をしっかりと見極め、困難な環境下にあっても攻めの経営に徹するステーションは在宅ケアの地域拠点として社会の要請を満たし、その地歩を固めつつあるようだ。それらステーションの特徴は、@二桁以上の訪問看護師を抱え、A在宅ケアの多機能サービスを備え、B結果的に地域独占を目指す――の3点である。 1ステーションあたり平均約5人という現状の事業所規模では24時間365日の訪問サービスを地域に提供することは困難である。また、生活支援と一体になったサービス提供をきちんと行うためには訪問看護だけの単機能事業所では利用者のニーズに応えられない。地域に散在する利用者を合理的な動線によって移動し経営効率を上げるためには地域での市場シェアを高める必要がある。東京・新宿区で先駆的な活動をしてきた白十字訪問看護ステーションの秋山正子さんは、看護師10人で100人の利用者を持つステーションでなければ生き残りは困難と見ている。訪問看護ステーションを併設する在宅療養支援診療所の医師も、そうでなければ携帯電話番のローテーションが組めないという。 一方で、在宅看護研究センターの村松静子さんやボランティアナースの会キャンナスの菅原由美さんらは「ひとり開業」の制度化を要求する。医師は一人でも開業できるのに看護師を訪問看護ステーションの人員基準2.5人以上で縛るのは不公平だという主張である。もっともな要求だ。とはいえ、村松さんや菅原さんのように卓越した看護・医療スキルやリーダーシップを備えた訪問看護師はざらにはいない。したがって「ひとり開業」がいいとしても、その場合の開業条件は緩和ケアなど得意な看護スキル、クールな経営力そして地域連携のネットワーク力が問われるだろう。 一人開業の医師にしても在宅療養支援診療所として24時間365日体制は単独では困難である。複数人の開業医が特定地域内で連携してその任務を果たしている。また、病院勤務医も含めた主治医・副主治医制に基づく長崎在宅ドクターネットのような広域連携も訪問看護師には必要だろう。ひとり開業ナースが可能だとしても、かなり高度なスキルと連携力なしには生き残りは容易ではない。さらに、セコムなど経営力を持った大企業の訪問看護ステーションの市場浸透と新たな参入はこれからだ。 訪問看護ステーションが制度化されて15年。当時に比べてステーションを取り巻く環境と市場は様変わりしている。次の次の回の診療報酬改定によって在宅医療制度が確立される。その中で訪問看護ステーションは新たな時代にふさわしい形で出直すことになるだろう。
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vol.43 |
イギリスにおける医師処分 |
2007-8-12 | |
医療事故事件が世間を騒がせている。わが国では、医療事故を起こした医師の処分はどうなっているのだろうか。医師法7条2項に基づき「罰金刑以上の刑に処せられた者」「医事に関し犯罪又は不正の行為があった者」または「医師としての品位を損するような行為」をした者は行政処分を受けることになっている。医道審議会の答申を受けて厚生労働大臣が医業停止と免許取り消しという行政処分を行ってきた。処分件数は平成15年までは年間数件だったが、16年には14件となり16、18年も10件を超えている。このため国は平成18年6月、医師法改正により、処分内容に戒告を新たに設けるなど医療の質の維持と安全向上に努める姿勢を示した。 問題は医道審の構成メンバーとそのプロセスである。医道審の委員11人の顔ぶれは医師会、歯科医師会の会長、大学教授、病院長、学識経験者だが、 “悪い医師”の被害をこうむる一般市民は含まれていない。それに近い委員としてはジャーナリストが一人いるだけだ。東大・医療政策人材養成講座の政策提言グループが行った調査でも厚生労働省は、患者側代表を加える意向を示さなかった。このようにして行われる医師処分案を厚生労働大臣はそのまま実施してきた。医道審は、民意を反映し難いいびつな委員構成で公正な処分案を答申できるのだろうか。これに比べるとイギリスの医師処分制度は進んでいる。 吉田謙一東大・大学院教授によれば、イギリスで医師の処分を行うのは英国医事審議会(General Medical Council、略称GMC)。もともと「患者を傷つける医師から公衆を守る」ために設立された医師の自主管理団体である。医師の資格審査、登録管理、苦情対応、資格処分、再教育のほか医学部のカリキュラム策定などにも携わる。医道審議会は厚生労働省の付属機関のようなものだが、GMCは医師の会費などで運営するれっきとした民間団体である。 注目すべき点はGMCの審議員の構成だ。審議員35人のうち医師21人に対し、一般人が14人と3分の1以上を占める。一般人は公募などで選ばれ一定の訓練を受けて「陪審員的に専門家と調査、審議に参加し、透明性を確保」する。 医師の処分はGood Medical Practiceと呼ぶ基準に則って実施される。現代英国版ヒポクラテスの誓いとも言うべき内容で患者優先の思想が太く貫かれている。筆頭項目は「患者のケアを最優先しなさい」。次いで「全ての患者を思慮深く診療しなさい」、3番目は「患者の尊厳と秘密を守りなさい」などと14項目うち9項目が患者の優先・尊重を謳っている。GMCの患者優先主義は、患者死亡事故の反省に立って行われた改革の成果。わが国においても患者の死亡事件が相次いでいるが、医療界では改革よりも訴訟反対的な感情論が先行しているような印象を受けるのだが。
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vol. 1 草の根福祉の担い手
マドンナたちの後継者は? ● vol.19 「東京物語」が予言した“未来社会”
の介護問題 ●
vol.25 医療政策を官僚から市民の手に――国の補助金で人材養成
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vol.28 災害医療と情報――危機管理の基本について コラム(尾崎雄)へ戻る
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