在宅看護研究センターに集まる看護師たちは、皆、感性が豊かで、療養者と家族の求める在宅看護を行いたい、看護の質を高めたい、看護師として自立したいと思っている点で一致している。また、センターの理念に賛同している。センターには、諸症状が伴い、複数の治療・処置を継続しなければいけない方たちの訪問依頼が集中する。年齢もまちまちである。看護を提供する場なのだから当然とばかり極力対応する。しかし、求められる必要な看護を行えば行うほど、組織としての継続が厳しくなる。これはどういうことなのか。つまり、看護の対価は上がっていくはずなのに、必要な看護にこだわればこだわるほど、その対価は下がるのだ。そして、その状況が2ヶ月続けば、組織としての経営が困難になり、必死にもがき苦しむ。結局は、短時間の訪問看護の件数をこなさなければ大赤字に転落する可能性が高いということだ。
この点について、改めて疑問を抱いた私である。これでは、訪問看護ステーションが増えるはずもない。
本来、看護師であれば、誰もが、本当の看護を提供したいと思っているはずである。看護の道に入って37年、「看護の価値」について、改めて疑問を抱いた私は、スタッフと共に振り返りながら一丸となって取り組んできた看護活動のプロセスを顧み、「求められる看護とはどのようなものか」「看護の価値はどこにあるのか」を自ら見極め、社会へ提言するために、行動を起こし始めている。
(「透看」1998年11月No.5より抜粋)
「私は長く生きすぎました。あとどれくらい生きられるのでしょうか?」と91歳になるT氏は言った。この言葉に村松代表は「あと1年ぐらいだと思います」と彼の視線をそらすことなく答えた。この言葉を聞いたT氏は、安堵の様子を見せながら「良かった。1年なら大丈夫。誰もどれぐらいということを教えてくれないが、それでは困る。1年と聞いたら段取りができる。安心しました」と笑みを見せながら言った。T氏は23年前に妻を見送り一人暮らしをしていた。尊厳死協会に入り、リビングウィルにサインをし、諸外国の自殺幇助についてもいろいろ調べて、自らの最後の時をどのように迎えるかということを考えている方だった。
1年前に村松代表と訪問し「最期は苦しくないようにして欲しい。下の世話を他人にしてもらうようになったら生きていることはありません。家族がいればそれは家族に本来してもらうこと」と自らの思いを語り、「最期は村松さんに目で合図するから看取って欲しい」と関わり始めてすぐに言った。死後の諸手続きについても、知人にすべてを依頼し済ませていた。そんなT氏が自分の命について尋ねてきた言葉。患者と向き合うということが言われるがこの言葉はまさに本人に対して真正面から向き合っていたからこそ出された言葉であり、その言葉にT氏も満足された。村松代表に「なぜT氏に1年ぐらいという言葉を伝えたのか。そこにはどのような判断があったのか?」と訪問後に尋ねた。「いい加減に言ったわけではないのよ。今の心臓の状態、水分、塩分摂取などから考えて、この夏が越せるかという判断があったから」という答えがかえってきた。ナースとして理論と実践を融合させ、本人から逃げずに関わっていくことの重要性を学んだ場面であった。この会話があったあとのT氏は精神的に落ち着いた様子が見られていた。この夏も終わろうとしていた8月30日にT氏は40年来の知人に看取られながら自宅で安らかな寝顔のまま逝った。自らがすべてにおいて段取りをした上で91歳の人生に幕を下ろした。 (倉戸みどり)
確かに、私は真剣にT氏と向かい合っておりました。「Tさんの願い通りできるだろうか」という不安を抱えながらも、「その願いを叶える方法はないか」と、いつも自問自答していたのです。自らの死ぬ権利を主張しつつ、死に方を考える一方で、自分が子どものころ肌で感じとってきた家族愛を求めているTさんを寝たきりにはしたくない。私の思いは倉戸さんと同じだったと思います。「あとどれぐらい生きるのでしょうか」私の目をじっと見つめて問うTさんに対して、私は一瞬詰まりながらも答えたのでした。「う〜ん、そうですね。これまで何度かお会いして来ての私の観かたは一年。一年お元気でいられたらいいと思います」。倉戸さんは帰りがけに「どうして1年と言ったんですか」と不信感を抱いているような口調で尋ねましたね。だから私は答えたのです。「私は嘘を言ったわけじゃあないのよ。Tさんに嘘を言う必要はないでしょう。私のこれまでの経過からして、夏が越せるかなって本当に思ってるの」「ふ〜ん、例えばどんなことですか」「だって、あの心臓発作の起こり具合。薬の効き目、塩分の摂り方、腹水や足のむくみ方、脈の変化、不安の強さ、話す内容や話し方等、いろいろ変わってきているでしょ?
そんなことから観てね」と、私は答えたはずです。残念なことに、私の判断は的中してしまいました。私たちナースにとって、看護の理論と実践を融合させ、逃げずにかかわっていくことはとても大切なことです。けれどもそれ以上に重要なことがあります。それは看護の受け手の考え方や生き方を含めた心身の全体像をとらえ、それらの変化についても、その都度だけではなく、長期的にも目を向けていくことなのです。Tさんは、私たちによく語っていましたね。「50代、60代、70代、80代、90代で、思いや考えは違ってくるんですよ」。 (村松静子)
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