起業家ナースのつぶやき    村松 静子 Muramatsu Seiko


 
vol. 18
  看護の自立をはばむもの その5
2002-11-2
 
 

             おごりの精神

看護師の心に潜んでいるおごりの精神は、とかくその受け手の心を傷つける。看護師自身は気づかなくても、得意になっている様やたかぶっている様が、その素振りや発する言葉の端々に顔を出す。それが受け手を不愉快にさせる。「してやっているのよ、看てやっているのよ」と、恩着せがましく身勝手に映るからである。本来は誰でも、他人に気を遣わずに自分の思い通りに行動することを望む。しかし、病気や加齢によって身体機能が低下したり、症状が出現してくると、それがなかなか思い通りにはいかなくなる。それでも、「させている、看させてあげている、教えてあげている」と思えるのならまだいいのだが、そのような状況下で優越意識を抱ける人は少ないはずである。多くの人は「してもらっている、看てもらっている」という感覚をもつであろう。そうなると惨めな自分の存在を感じる。「私には生きている価値がないのではないか」と問うようになる。そして、せめて「あの人にしてもらいたい。看てもらいたい。あの人でなければ」と訴える。あの人とは、自分の存在を認めてくれる人である。そのような訴えが看護の現場で増えているように思う。

看護の本質はいつの時代になっても変わらない。しかし、資格をもつ看護師に求められる看護機能は明らかに変わってきている。そのため、変わらないはずの本質までもが変わってしまうような錯覚に陥ることがある。

ここ数年前から、看護師が行う看護はサービスの1つであると強調されるようになった。自分たちの仕事を聖職と受け止めていた看護師にとっては衝撃的な方向性である。しかし、その戸惑いは戸惑いとして、看護師が個人として提供する看護が選ばれる時代に入ったというのは明らかである。私たち看護師には、受け手が求め、その周辺が認める看護を提供することが求められている。頭ではわかっているようでも、いざ行動化となると、そう簡単にはいかないのが看護だ。そこに潜んでいるおごりの精神が顔を出す。看護師の押し付けや自己満足がまかり通るはずもなく、それがクレームとなって跳ね返ってくる。「あなたは看護の専門家でしょ? 私に何をしてくれるの。私の思いや考えを尊重しながら看護してほしいの。私はあくまで私なのよ」。看護師はその言葉や態度が気に入らない。「看てあげようと思ったけど、あの人はわがままよ」とは言わなくても、心で密かに思っている。その密かな思いが受け手には伝わる。

今の時代は看護師にとっても正念場。逃げるのではなく、受け手の気持ちを受け止めようという積極的な関心がそこには必要なのである。向き合うことによって始めて互いの感情が行き交い、そこに信頼が生まれる。看護師は、己の行動パターンを認識しておかなければならない。

サービスとしての看護機能は今後もさらに広がり続けるであろう。そこで不可欠なのが『看護の自立』である。それは私たち看護師一人ひとりの意識と行動にかかっている。

「看護師さん、あなたたちは医師のかばん持ちではありません。看護師さんには看護師さんのすることがあるはずです」と言われて17年、やっと「あなたの看護は自立していますか」と問われる時代がやってきた。受け手にしっかり向き合ってこそ味わえるプロの醍醐味がそこにはある。

 

 
vol. 17
  ともに創る幸せ
 2002-9-28
 
        "出会い"って、すばらしい!

この11月、私は初めて韓国を訪れ、ナースや看護学生たちと交流する機会を得た。それは、ある韓国ナースとの出会いから始まった。

その名は金貞希

5年ほど前のある日のこと、突然、二人の女性が私の事務所に現れた。一人は金さん、もう一人は金さんと親しい通訳の佐々木さんという女性だった。あまりに突然で、正直少し驚いたのを覚えている。しかし、話を聞いているうちに、とてもうれしく有り難い気持ちになっていった

「新幹線の中で読んだ雑誌であなたの存在を知り、どうしても会ってから帰りたかったのです。私の夢をすでに叶えたナースが日本にいる。ナースとして雇われて働くだけではなく、自分で事業をすることができることを確信しました。私は自宅を改築して、精神障害者の社会復帰施設をつくりたいのです。ナーシングホームをつくるために、どうしてもこの人に会って行きたいと思って、突然でしたが立ち寄らせていただきました」

と、彼女は興奮しながら言った。私はうれしかった。これこそが真の"出会い"といえるだろう。お互いに頑張ろうと、固い握手を交わした

彼女はその言葉どおり、1997年、韓国の地で、有料ナーシングホーム「祝福の家」を本当に設立してしまった。さらにその後も勢いが止まらず、3つ目のナーシングホームを完成させた。その経過を聞くたびに、私にとっては驚きの連続であった。
 私たちは同志である。金さんは韓国の地に最も合ったナーシングホームを、私は日本の地に最も合った在宅看護をめざしている。行っていることはそれぞれ異なるが、『看護師が自力で行う看護の充実・看護の予測的創造』という点では何も変わらない、結局は同じなのである。それぞれの土地で切り拓く看護の新しい道。
金さんと私は、看護師として、これからの看護を創造している間に、お互いの「感性と感性」とが引き合って出会うに至った。彼女は積極的に行動し、私はそれを受け入れ、そして感情交流が始まった。こんな出会いって素晴らしいと思う。そのような私たちに求められたことは、第1に看護師としての自覚と自立ということであった。組織を率いるものとして、確かな看護の実践と教育力は、社会の中で看護師として起業するには絶対不可欠な条件といえる。また、企画力に加え経営手腕、さらに、それらを社会の中で訴え、本当に欲している方たちにどのように伝え、知らしめるのかというマーケティングも求められる。残念なことに、看護教育の中では学べなかったことが多く、苦悩しながらの取り組みになった。しかし、学びながら行動していく楽しみがそこにはあった

私は韓国のナースや看護学生たちとの出会いに感謝しながら、私の考えや思いを絡ませ、私の歩んできた道を伝えてきたいと思っている。また、皆さんとの意見交換や出会いの喜びを語り合えたらと思っている。

 

 
vol. 16
  点滴生活雑感
 2002-8-30
 
 

 

76歳の男性が書かれた『点滴生活雑感』を、私は複雑な心境で読んでいた。もう18年も前のこと、私はその頃、病院から看護短大へ出向していたが、一方で、訪問看護のボランティアも行っていた。実習病棟で学生の受け持ちだった42歳の男性が発した言葉と『点滴生活雑感』とが妙に重なってくるのである。

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「私は1年前にガンを告知されました。そして再発しました。手術したときは、医者も看護師もうるさいほどそばにきて、酸素をいじったり、採血をしたり、血圧をはかったり、吸入をさせたりしました。それなのに、誰も私の不安な心には目を向けてくれないんです。看護師さんは'どうですか'と言ってはくださる。しかしその瞬間、もう点滴をいじったり、お小水のバッグをいじったりして、背中を向けているじゃないですか。医者は、私の部屋の前を通っても下を向いて通り過ぎ、鼻血が出るとそこだけをめがけてやってくる。こんなんだったら、告知なんかされなきゃ良かった。私は自分の身体が、今どの様な状況になっているのかを知りたいのに何も説明してくれない。みんな'今だったら家に帰れますよ。お帰りになったらどうですか'とは言ってくれる。私だって帰りたいですよ。でも、点滴が付いていて、痛みがあって、一人では何もできない私が帰って、一体誰がみてくれるというのですか。結局は母や妻や子どもたちにみてもらうしかないじゃないですか。そうしたら、家に帰りたいなんて言えませんよ。先生、早く動けなくなった私たちが帰れるようなシステムをつくってください」

彼は、学生の実習終了時に1枚のカードを手渡してくれた。そこには家族全員が映っている写真と、3人の子ども・妻・母親・本人一人ひとりの言葉がそれぞれの自筆で記され、こんな言葉で結ばれていた。
"心からの愛と感謝をこめて・・・・E家族"

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『点滴生活雑感』
 およそ世の中の人で、病院とか入院、医師や薬の好きな人はおそらく居まい。不幸にして、病を得て初めて医師や薬のお世話になる。
それで経過が良ければ感謝もされるが、悪ければ感情は逆だ。
では、看護師はどうだ。天使といわれるだけあって、医師や薬ほど嫌われてはいない。良く世話をしてもらえば天使と患者は思うだろう。
中には滴下速度と点滴残量ばかリを計算器ではじき出し、患者の体調など無視している人もいるが、要は看護師に押し付けられているルーチンワークが多すぎるのではないか。それが患者を煩わせている面も多い。
糖尿病があるからといって、食事もしない点滴患者に食事時に3度の採血検査が必要なのか。
高齢化とともに病人の数はますます増え、病院に入院するには、3〜4ヶ月順番待ちとか。金にいとめをつけぬ人はともかく、一般社会人はただ待つより仕方がないという後進国と同じ現状だ。
在宅看護に切り替えて良かったと思っている。幸い経過も良い。良くなるはずだと信じている。
看護師と家族が一体となって看護してくれているからだ。もうとても病院には帰れない。帰るつもりもない。
更に現在の医療保険制度や介護保険制度は、庶民にとっては有り難い制度だ。
在宅看護制度を今後更に強化進展させることを望んでやまない。 
 

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私はフッと思った。「今の時代ならEさんも家へ帰れただろうか」
あの状態であれば帰れたかもしれない。いや、地方出身の彼は帰らなかっただろう。24時間365日、必要な時、必要な看護が、どこでも受けられるシステムは未だ整備されていない。彼の経過は良くなく、あのカードをくださった2週間後に逝った。

私は未だEさんとの約束を果たしていない。


vol. 1〜3  「心」を思う その1・その2・その3

vol. 4〜6   看護の自立をはばむもの その1・その2・その3

vol. 7〜9  この時期になると浮かんでくるあの光景 その1・その2 私は言いたい、今だから言える

vol. 10〜12 看護の自立をはばむもの その4ー  開業ナースがゆく その1・その2

vol.13〜15  開業ナースがゆくその3 
看護の自立をはばむものその4-2 本当にほしいサービスができないわけ

vol.19〜21 ともに創る幸せ2 ともに創る幸せ3 ともに創る幸せ4

vol.22〜24 ラーニングナースを位置づける その1なぜ必要か その2応援団はいる
 ナースの私が抱く疑問〜1.痰の吸引

vol.25〜27   ナースの私が抱く疑問〜2 静脈注射 素敵なエッセイの贈り物 疑問は疑問、「今の時代って?」

vol.28〜30  看護師の資格の意味を問う  感受性を揺さぶる学習環境が必要なのでは?  ラーニングナース制

●vol.31〜33 40年の歴史をもつ企業内大学老舗『ハンバーガー大学』 
介護保険が抱える問題〜看護にこだわる開業ナースの視点から  恩師、國分アイ先生


●vol.34〜36 國分アイ先生の遺志を継ぐ 安比高原の女(ひと) 介護保険制度の次の手は介護予防?〜今、私が思うこと


●vol.37再び「心」を思う その1vol.38 在宅看護研究センター20回設立記念日を迎えてvol.39「医療行為」、そこに潜む「矛盾点」

●vol.40  スタッフと共に追求する看護の価値:その1 vol.41スタッフと共に追求する看護の価値:その2 
vol42.「在宅医療支援展示室」の誕生、その裏に潜む願い

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